モノを売る広告

至極当たり前だけど、忘れがちなこと。
「広告」は何のためにあるのか?

商品を買ってもらうために広告は存在する。

わかっている。わかっているはずなんだけれども、クライアントから広告の相談があり、様々なプロセスを経ている段階でどこか歪んでしまう場面がある。

滞りなく業務を終わらそう

滞りはないに越したことはない。しかし広告作りではそうもいかない。
滞りがない=手抜きという構造ではないが、「誰か」の言いなりでYESマンになってしまい、言われるがまま制作を進めてとんでもないものが出来上がってしまうこともあり得る。

モノを売らない広告

話が逸れそうになりましたが、世の中の広告はモノを売るために存在するはずなのに、「ネタ」のような広告がときより発表される。

賞レースを狙ったような広告、ただただ面白い広告・・・・・。

時間を奪う広告は楽しいものであれ

以前にそう教わってことがあるのですが、「楽しい」=「面白い」ということではなく、「楽しい」はもっと広域な意味で「よりよい未来」であったり「より快適に」という意味になるのかなと思います。

「面白い」だけでなく「手に入れることで自分の未来を変える」ようなイメージを与えることができるような広告作りが必要なのかと思います。


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